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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2344号 判決

控訴人

福岡善一郎

福岡美智

福岡和博

福岡喜代子

右四名訴訟代理人弁護士

西沢仁志

被控訴人

丸星荷役株式会社

右代表者代表取締役

丸地敏紀

被控訴人

中川喜紹

右両名訴訟代理人弁護士

安井桂之介

主文

一  原判決中控訴人福岡善一郎関係部分(被控訴人中川喜紹に対する物損事故に係る損害賠償請求に関する部分を除く。)及び控訴人福岡美智関係部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは各自、控訴人福岡善一郎に対し金一九一九万一一九〇円及び内金一七六九万一一九〇円に対する昭和五八年八月四日から、内金一五〇万円に対する昭和五九年五月一〇日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人らは各自、控訴人福岡美智に対し金一八四九万一一九〇円及び内金一六九九万一一九〇円に対する昭和五八年八月四日から、内金一五〇万円に対する昭和五九年五月一〇日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  前記控訴人らのその余の反訴請求を棄却する。

二  控訴人福岡和博及び同福岡喜代子の控訴を棄却する。

三  控訴人福岡善一郎及び同福岡美智と被控訴人らとの間に生じた訴訟費用中、第一審における分はこれを五分し、その二を被控訴人らの、その余を右控訴人らの各負担とし、当審における分はこれを二〇分し、その一を被控訴人らの、その余を右控訴人らの負担とする。

四  控訴人福岡和博及び同福岡喜代子と被控訴人らとの間に生じた控訴費用は右控訴人らの負担とする。

五  この判決中金員の支払を命じた部分は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「(一)原判決中原審甲事件関係部分(ただし、控訴人福岡善一郎の被控訴人中川喜紹に対する物損事故に係る損害賠償請求に関する部分を除く。)を次のとおり変更する。(1)被控訴人らは各自、控訴人福岡善一郎に対し金五二七〇万〇九二〇円及び内金五一二〇万〇九二〇円に対する昭和五八年八月四日から、内金一五〇万円に対する昭和五九年五月一〇日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(2)被控訴人らは各自、控訴人福岡美智に対し金五一五八万〇九二〇円及び内金五〇〇八万〇九二〇円に対する昭和五八年八月四日から、内金一五〇万円に対する昭和五九年五月一〇日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二)原判決中原審乙事件関係部分を取り消す。被控訴人らは各自、控訴人福岡和博及び同福岡喜代子に対し各金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和五八年八月四日から、内金一〇万円に対する被控訴人丸星荷役株式会社は昭和五九年五月一一日から、被控訴人中川喜紹は同年五月一二日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、原判決四枚目中、表一三行目括弧内の「三河」の前に「登録番号」を加え、裏一行目の「超えて」を「越えて」に改め、裏三行目括弧内の「松本」の前に「車両番号」を加え、裏五行目の「三〇分」を「三分」に改めるほか原判決事実摘示第二のとおりであり、証拠の提出、援用及び認否は原審及び当審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

一昭和五八年八月四日午後三時五〇分ごろ、愛知県北設楽郡稲武町大野瀬字ナガトロ二番地先国道一五三号線トンネル内において、長野県下伊那郡方面から愛知県東加茂郡足助町方面に向かつて進行中の被控訴人中川喜紹(以下「被控訴人中川」という。)運転にかかる普通貨物自動車(登録番号三河一一か八四七〇号、以下「加害車」という。)が道路中心線を越えて対向車線を走行したため、折から同車線上を対向して進行してきた福岡郁夫(以下「郁夫」という。)運転にかかる自動二輪車(車両番号松本ま九一九二号、以下「被害車」という。)の前部に加害車運転台右側ドア後部付近が衝突し、郁夫は路上に転倒したこと(以下これを「本件事故」という。)、その結果、郁夫は同日午後四時三分ごろ頸椎骨折等により死亡するに至つたことは当事者間に争いがない。

二被控訴人丸星荷役株式会社(以下「被控訴会社」という。)が本件事故発生当時加害車を自己のために運行の用に供していた者であることは被控訴会社の認めて争わないところであるから、被控訴会社は自賠法三条本文の規定により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

次に、被控訴人中川の責任について検討するに、控訴人らは被控訴人中川において郁夫の死亡につき未必の故意があつた旨主張するところ、〈証拠〉によれば、被控訴人中川は、加害車を運転して本件事故現場である前記トンネルの手前にさしかかつた際、走行車線前方を約四〇キロメートル毎時の速度で先行していた普通乗用自動車を追い越すべく加害車を加速しつつ道路中心線を越えて対向車線に進出し、そのままトンネル内に入つたが、右トンネル内の道路は、その幅員が上下二車線を合わせても五・四メートルにすぎず、かつ右方にカーブしているため前方の見通しが良好でなかつたのであるから、トンネル内での追越しは、厳にこれを差し控えるべきであつたにもかかわらず、同被控訴人は無謀にもトンネル内の対向車線上を同区間の制限速度五〇キロメートル毎時を超える約六〇キロメートル毎時の速度で加害車を走行させて追越しを図つたため、追越しの完了前に前方から被害車が接近してくるのに気付いたものの、衝突を回避するすべもなく本件事故をひき起こすに至つたものであり、なお、同被控訴人は本件事故発生直後郁夫が血を流して路上に倒れているのを現認しながら、なんらの救護措置も講じないで現場から逃走したことが認められるけれども、以上認定の事実から被控訴人中川において本件事故の発生ないしは郁夫の死亡の結果に対し未必の故意があつたものと推認することは困難であり、他に控訴人らの前記主張事実を肯認するに足りる的確な証拠は見当たらない。もつとも、右認定事実に照らせば、本件事故による郁夫の死亡は、前記トンネル内での追越しを差し控えるべき注意義務に違反した被控訴人中川の加害車運転上の過失に起因するものであることは疑いを容れる余地がない(本件事故が被控訴人中川の過失によるものであることは同被控訴人も争つていない。)ところであるから、同被控訴人は民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

三控訴人福岡善一郎(以下「控訴人善一郎」という。)及び同福岡美智(以下「控訴人美智」という。)が郁夫の父母であり、控訴人福岡和博(以下「控訴人和博」という。)が郁夫の兄、控訴人福岡喜代子(以下「控訴人喜代子」という。)が郁夫の姉であることについては当事者間に争いがない。

四以下、本件事故によつて生じた損害及びその数額について審案する。

1  郁夫の逸失利益

〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(一)  郁夫は、昭和三六年九月九日生まれで、本件事故当時愛知工業大学工学部電子工学科第四学年に在学し、昭和五九年三月卒業見込の男子であつた。

(二)  控訴人善一郎は、飯田市内において電気機器の製造等を業とする飯田電子工業株式会社(昭和三八年設立、現在の資本金六〇〇〇万円)並びにその関連企業である日本ステレオ音響株式会社(昭和四八年設立、資本金三五〇〇万円)、アルプス電子有限会社(昭和四八年設立、資本金一〇〇万円)及び太陽電子音響株式会社(昭和五四年設立、資本金三〇〇〇万円)の創業者であつて、右各社の株式又は出資口数の大半を保有し、その代表取締役として創業以来企業経営の任に当たつており、同控訴人の妻である控訴人美智及び長男である控訴人和博も右各社の取締役に就任して控訴人善一郎を補佐している。

(三)  郁夫は、将来控訴人和博と協力して控訴人善一郎の事業を受け継ぐため大学の工学部電子工学科に入学し、コンピュータ部門を専攻していたものであつて、大学卒業と同時に控訴人善一郎経営の企業に技術者として入社することが既定の事実となつていた。

(四)  一方、控訴人善一郎は、郁夫の入社後早ければ五年、遅くとも一〇年位のうちに企業経営者としての地位を控訴人和博及び郁夫の両名に譲り、自らは控訴人美智と共に取締役を退任して隠棲する方針であつて、郁夫の技術知識を生かすため昭和五七年秋ごろから製造分野を従来の音響部門から逐次コンピューター部門に切り替えたが、郁夫が死亡したため、太陽電子工業株式会社以外の三社はその後再び音響部門に復帰した。

(五)  控訴人善一郎の経営する企業の昭和四八年度から昭和五九年度(営業年度は各社とも毎年三月一日に始まり翌年二月末日に終わる。)における営業成績は別表第一掲記のとおりであり、控訴人善一郎及び控訴人美智が昭和四八年から昭和五九年にかけてこれら各社から支給を受けた役員報酬の合計額は別表第二掲記のとおりである。

以上のように認められるのであるが、控訴人善一郎及び同美智は、郁夫の入社後一一年以降の分の年収は一〇〇〇万円を下らない旨主張するので、その当否について考えると、別表第一によつて明らかなように、控訴人善一郎の経営する企業が、特に良好な経営状態にあるとまではいえないとしても、競争激烈な電子機器製造業界にあつて、控訴人善一郎夫妻に対し別表第二掲記の役員報酬を支払つても経営の破綻を来たさない程度の業績を挙げてきたことは、経営者である控訴人善一郎の個人的な才幹と手腕に負うところが多大であると推認されるところ、控訴人和博は控訴人善一郎を補佐し社長見習として研さん中であるが、控訴人和博の経営上の才幹、手腕がどの程度のものであるかを窺知し得る証拠は見当たらず、まして郁夫の会社経営者としての能力は一切未知数である。

このことと、電子機器産業が貿易事情その他の要因による景気変動の影響を受けやすく、好況時と不況時における業績の較差が著しい業種であることを併せ考えると、郁夫の入社後遅くとも一〇年以内に控訴人和博と郁夫の両名が控訴人善一郎から企業経営者の地位を譲られたとしても、それ以後前記各社がどの程度の収益を挙げることができるか、また、同人らに対し合計二〇〇〇万円以上の役員報酬を支払うことが可能であるかどうかを前示認定の諸事実から推測することは、ほとんど不可能というほかはなく、結局、前示認定の諸事実によつては、郁夫が入社後遅くとも一〇年を経過した後は役員報酬として毎年一〇〇〇万円を下らない収入を得るであろうことを現段階において相当程度の蓋然性をもつて予測することはできないものというべきであり、他に控訴人善一郎及び同美智の前示主張を肯認するに足りる証拠はないので、右主張は採用し難い。

してみると、郁夫の逸失利益の算定は賃金統計を基礎として行うのが相当である。

昭和五八年賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者旧大・新大卒の平均年収は四七二万三九〇〇円であるところ、郁夫は大学卒業時の二二歳から六七歳まで四五年間稼働し得るものと考えられるので、生活費控除割合を五割とし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して同人の将来の得べかりし利益の本件事故当時における現価を計算すると、次の式に示すとおり三九九八万二三八一円となる。

4,723,900円×0.5×(17.8800−0.9523)=39,982,381円

よつて、郁夫は被控訴人らに対し右同額の損害賠償債権を取得し、控訴人善一郎及び控訴人美智は、郁夫の死亡により右債権をその二分の一に当たる一九九九万一一九〇円ずつ相続により承継したものである。

2 葬祭費

〈証拠〉によれば、控訴人善一郎は郁夫の葬儀を主宰し、葬儀及び法要の費用として少なくとも二一一万六五五二円を支出したことが認められるが、郁夫が学生として修学中の身で、社会人として独立していなかつたことに照らせば、喪主である控訴人善一郎の社会的地位を考慮に容れても同控訴人主張の損害額九〇万円は過当であつて、同控訴人の前示支出金額のうち七〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

3  諸雑費

〈証拠〉によれば、本件事故発生直後、事故の発見者等三人がトンネル内において警察官が到着するまでの間好意的に交通整理などに当たつたので、控訴人善一郎はこれに対する謝礼として同人らに対し合計八万円を支払つたことが認められるが、右の事故発見者等の行為は同人らの好意による自発的な奉仕活動と見るべきであるから、これに対する謝礼金の支払は特段の事情がない限り本件事故と相当因果関係があるものとはいえないことが明らかであり、本件において右特段の事情の存在をうかがわせる証拠は見当たらないので、控訴人善一郎の右支出は本件事故と相当因果関係のある損害に当たらない。

また、同控訴人が郁夫の下宿解約、引越等の費用一四万円を支出した旨の同控訴人の主張事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

4  慰謝料

まず、郁夫の父母である控訴人善一郎及び同美智については、本件事故の態様、右控訴人らが郁夫を監護教育してきた状況及び郁夫の将来に寄せていた期待が大きかつたこと、その他諸般の事情を総合すると、郁夫の死亡により右控訴人両名の被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、それぞれ金七〇〇万円とするのが相当である。

次に、控訴人和博及び同喜代子は、民法七一一条所定の者に当たらないのはもとより、内縁の夫婦、事実上の養親子、未認知の子などのように郁夫との間で配偶者又は親子と実質的に同視し得る緊密な生活関係にあつたことを認めるに足りる証拠もないので、右控訴人両名に対し同条の規定を類推適用する余地はない。したがつて、控訴人和博及び同喜代子は郁夫の生命侵害に対する慰謝料を請求することはできないものといわなければならない。

5  損害の一部填補

以上によると、郁夫の死亡による被控訴人らに対する損害賠償債権額は、弁護士費用に係る分を除き、控訴人善一郎につき二七六九万一一九〇円、控訴人美智につき二六九九万一一九〇円となるが、右控訴人両名が損害の一部填補として加害車加入の自動車損害賠償責任保険金一〇〇〇万円ずつの支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右各債権額から右の支払を受けた保険金額をそれぞれ控除すると、残債権額は控訴人善一郎につき一七六九万一一九〇円、被控訴人美智につき一六九九万一一九〇円となる。

6  弁護士費用

控訴人善一郎及び同美智の損害賠償請求は、弁護士費用を除き右5に説示した金額の限度で認容すべきものであるから、右各認容金額、本件訴訟の難易度等に照らすと、右控訴人両名の弁護士費用は同控訴人ら主張のとおり各一五〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

なお、控訴人和博及び同喜代子については、控訴人両名の慰謝料請求権が認められないこと前述のとおりである以上、弁護士費用の請求は、これを認容するに由ないものである。

五叙上の認定、判断によれば、郁夫の死亡による損害賠償として被控訴会社及び被控訴人中川は各自、控訴人善一郎に対し合計金一九一九万一一九〇円及び弁護士費用を除く内金一七六九万一一九〇円に対する本件事故発生日である昭和五八年八月四日から、残金一五〇万円に対する本件反訴状送達の日の翌日である昭和五九年五月一〇日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、控訴人美智に対し合計金一八四九万一一九〇円及び弁護士費用を除く内金一六九九万一一九〇円に対する昭和五八年八月四日から、残金一五〇万円に対する昭和五九年五月一〇日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、控訴人善一郎及び同美智の反訴請求は、右義務の履行を求める限度で正当として認容すべきであるが、これを超える部分は失当として棄却すべきであり、控訴人和博及び同喜代子の本訴請求は全部失当として棄却すべきである。

よつて、原判決中控訴人善一郎関係部分(被控訴人中川に対する物損事故に係る損害賠償請求に関する部分を除く。)及び控訴人福岡美智関係部分を当裁判所の右判断と符合するよう変更し、原判決中当裁判所の判断と同旨の控訴人和博及び同喜代子関係部分に対する右控訴人両名の控訴を理由なしとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九五条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柳川俊一 裁判官近藤浩武 裁判官林  醇)

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